以前の審神で家内が言われていた事が、最近の流れなのかな?と。
- 「リュウ一族やでな。」
- 「(子どもを希望していた時期に)リュウの子か?」
は~?という話ですが、あまりよく分かりませんでした。
家内の守護霊さん(龍神様)は、龍神さんの口の中に家内がスッポリ入るぐらいの大きさ。
義母の場合は、一瞬左真横に見えた際に、家内よりは小さい感じだったそうです。
自分も含めて、当時は龍神様と言えば守護霊様というイメージでした。
振り返ると、時期によって繋がる人たちが変わってきました。
最初のお師匠さんの時は国常立尊様関係、二番目のお師匠さんの場合は天武天皇や村上水軍、徐福や古代エジプト繋がりなどでした。
その後も、平家や忌部、熊野(ユダヤ)や伊勢(イスラエル)、難波宮繋がり(蘇我氏ライン)など、関わる人は変化。
総論から各論へ、みたいな感じ?
ただ、「争いが起きる根本を解消」という点は同じ。
今は、古代出雲族のルーツで動かされているのかな?と。
サルタヒコ、京丹後(竜宮城)、ネパール(ドラヴィダ族、ガネーシャ≒聖天)・・・。
今朝、気になった「日本列島秘史」(鈴木真悟著)をメモ。
- 竜蛇神を信仰したのは、エジプト、シュメール、インド(ドラヴィダ人)、中国(夏人)の四ヶ国であった。(P30)
- 富家が用いた宝石(勾玉)は、中近東の勾玉と結びつくように思う。(P32)
- サンカ言葉にはバビロニア語(バビロン!)が多い。・・・サンカとは出雲の諜報機関である。(P33)
- 出雲神族の動きは、すべて反体制的である。壬申の乱では、吉野に逃れていた大海人皇子(天武天皇)につき、南北朝の乱では南朝方、戦国時代では家康を助けた。・・・三輪氏、菅原氏(トミノ宿禰の末裔)、柳生氏、諏訪氏などが、出雲神族系だといえるのである。(P60)
- 出雲系の血族以外も追いやられてサンカに入り込んだ。(源平藤橘のモンゴル系遊牧民族・ペルシャ系海洋民族・漢民族・契丹に代表されるツングース系民族)。サンカの使用する両刃の短刀ウメガイの紋は契丹の国章の略印。(P64)
- 富家の口伝では菅原道真は出雲神族。(P66)
- <フジワラ打倒>私の父は東大法科の大正二年卒だが、「クラスの三分の一の優秀なのはツナガリ(※サンカ)から学資を、局留めの書留便で受けていた」と話していたのを聞いた覚えがある。(P76)
- 仁徳帝となると、これは百済系の方であって、サンカが敵対していたお方なのである。・・・富家の口伝では、スサノオは朝鮮からの侵略者で、出雲族ではないという。しかし出雲族とスサノオ族は姻戚を結んだともいう。(P86)
- 近江源氏の京極氏の一族で出雲守護代を務めた尼子氏は、富家の血を引いていた。(P94) → 鴻池財閥(尼子氏の忠臣として知られる山中鹿介の長男)
- 吉田大洋によれば、建武の新政の立役者として有名な楠木正成は、河内国の散所の長であり、サンカの頭目であった。(P218)
以下、白山信仰(性器の形をした道祖神:P140)やサイノカミ(子孫繁栄:P146)、太陽信仰(ミトラ:P152)、庚申塔(サルタ彦:P178)、聖徳太子(P186)など。
今、自分にとって必要だった本みたい。
感謝
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