どうにも、今年の動きは「古代出雲族」関連?
中央構造線の南北で、櫛田川と雲出川(河口がカラス=香良洲町)があります。
櫛田川の由来に関しては、以下。
- 倭姫命が天照大神の鎮座地を求めて諸国を巡行する際、この地で櫛を落とされたことから地名が櫛田と名付けたとされる。(倭姫命世記)
- その後、歴代の斎王は群行の際に櫛をこの川に捨て、神に仕える決心をしたという。
出雲神話に出てくるクシナダヒメは、古事記では「櫛名田比売」と記載。
櫛田川と雲出川の流域にはサルタヒコに関連する神社が多く、両河川の間に阿射加神社(猿田彦大神)があります。
なかひらまいさんの「名草戸畔」には以下のように書かれています。
- 出雲の旧家に残る口伝には、「紀元前一五〇〇年頃インドからやってきた出雲族は、日本列島に移住してから暫くの間、砂鉄の採れる出雲を拠点に暮らしていたが、次第に人口を増やし、北部九州をはじめ、奈良や紀伊、関東地方などに移住した」
- 「出雲族は母系家族を営んでいた。」
- 「出雲族は戦争という概念をもたなかったと伝わっている。」
- 「出雲族はオオクニヌシという王を立てていたが、姫が巫女になって祭祀を行っていた(=ヒメヒコ制)」
宇佐公康さんの「古伝が語る古代史」には「イズモ族は、シベリア方面より日本列島に移動漂着したサルタ族」という話などもあります。
自分の霊的経験(審神等)などから整理すると、以下のような感じでした。
- 「サルタ族」の中に1グループとして「出雲族」があるようで、出雲族と菟狭(うさ)族は揉めた歴史がある。
- 天孫族に一番最初にくみした国津神である菟狭族は、サルタ族より前から日本列島に住んでいた。
- 因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)の話は、「菟狭族(月読尊や徐福:父系)」「和邇族(出雲族:母系)」「サルタ族(コーカサス。瞳の色が緑色)」という三種を現しており、物語のウサギはサルタ族。
個人的に興味深いのは、岡山県の人形峠(ウラン鉱石を採掘)にはサルタ彦人形が置かれていた事です。
雲出川上流には、放射性鉱物が採れる鉱山がありましたので。
ダラダラ書きましたが・・・。
櫛田川に今回行かせて頂き、次の日に突然「右目」が痛くなりました。
最初は原因が分からなかったのですが、昼前にやっと分かりました。
上まぶたをめくってみると、マツゲが1本生えていたんです。
人生で初めてであり、右目と言えば「月読命」?
呪いに「毛」が関連することもありますが・・・。
毛抜きで取れて痛みも無くなったのですが、何とも不思議な体験でした。
紀伊半島がアラビア半島の「型」であったり、イスラエル≒伊勢(霊返し)など、イラン戦争とも繋がるのかもしれませんが。(^_^;)
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