争うことはダメなのか?
昨日、ユーチューブを見ていると、何故か平手友理奈(欅坂)のサイレントマジョリティー
が流れてきました。
古いですが、「大人たちに支配されるな」などの歌詞で、一種の対立構造です。
ヘーゲルの弁証法というのがあります。
- テーゼ(正):最初に存在する肯定的な命題や事物。
- アンチテーゼ(反 ≒ 一種の正):テーゼに対する否定的な要素や対立する命題。
- ジンテーゼ(合):テーゼとアンチテーゼの矛盾が解消され、両方の要素を包含してより高次の段階へと統合されたもの。
グローバリストやDS、共産主義と戦うなどの対立もそうですが、正 対 正の戦いです。
易占に、火水未済(かすいびせい)というのがあります。
水平線から太陽が昇っていく象で、今から始まるという姿を表します。
古神道の解釈では火と水が混ざり合わず、火水(かみ)の働きをなさないので未済(未だ整わず)と解すことも。
水火既済(すいかきせい)の場合は、事の終了(既に調う)を意味します。
ただ調ったとしても、後始末と締めくくりが重要であることも指摘しています。
そのため、スタートの時から終わりを完うすべき努力を計画してから始めたほうがいいという解釈です。
水は下方へ、火は上方へ昇ります。
衝突し、争いは果てしなく続き、血を血で洗う戦いへ。
造化の三神には主神である天之御中主神の後に誕生した陰陽の神がいます。
高御産巣日神(男)と神産巣日神(女)で、争う形です。
主神様はとても暇だという解釈があります。
そのため、対立する存在を作ったと。
対立構造があったほうがエネルギッシュです。
問題は、後始末のみ。
今までの神様同士の争いは終わっていない部分もありますので、それは問題です。
ただ、きちんと終わることが出来るのであれば、対立は歓迎すべきものかもしれません。
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