2026年3月26日木曜日

memo(無関心)

サーンキヤ哲学とは以下。

  • 知識によって解脱するための道のことを意味
  • 厳密な二元論(観るもの:プルシャ、観られるもの:プラクリティ)を特徴とし、その徹底性は世界の思想史上でも稀有のもの

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上記におけるプルシャ(真我・純粋精神)の「無関心」とは以下。

  • プルシャは世界や活動に対して、完全に無関心で、ただ「観照する(見ている)だけ」の存在。
  • 活動(カルマ)をせず、結果を望まず、喜びも悲しみも感じない、純粋な意識そのもの。
  • プルシャが自らの性質を「無関心である(=活動するプラクリティとは別物)」と認識すること(=観照者としての立場を自覚)で、輪廻からの解放(カイヴァリヤ)が得られる。 

  • サーンキヤ哲学での無関心とは、何もしない怠慢ではなく、物質世界(心、身体、感情)に執着せず、真の自己(純粋な意識)を保つという高度な離欲の姿勢を指す。

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吉田先生の考える「無関心」は上記のような感じかな。

今後行われるであろうディスクロージャー(Disclosure=情報開示)に対して、無関心は重要なのかも!?



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