数ヶ月前から生駒山付近の話が出ており、やっと揃ったのでお出かけ。
- 朝護孫子寺(信貴山寺)<奈良県生駒郡平群町信貴山>
- 生駒聖天(寳山寺)<奈良県生駒市門前町1-1>
- 添御県坐神社(そうのみあがたにいますじんじゃ)<奈良市三碓(みつがらす)3丁目5-8>
1、朝護孫子寺<多聞天>
- 西暦582:寅年寅の日寅の刻、聖徳太子この山で毘沙門天王を感得される。
- 西暦587:7月3日聖徳太子、御本尊の御加護により佛敵守屋を討伐し、御自ら毘沙門天王像を刻み、この山の守護本尊として祀られる。
- 西暦667:白村江の敗戦(663)後に、唐や新羅が大陸から攻めてくることを恐れ、大和朝廷が防衛体制として高安山(信貴山周辺)に古代山城「高安城」を築いた。
「銭亀」という文字が気になり質問すると、亀は毘沙門天の神使(眷属)との事!
やはり、亀は国常立系と関係があった。
お師匠さんは熊野参拝の時に毘沙門天(クベーラ)と縁があると分かったが、虎が毘沙門天のお使いという事からも、金運の西王母(下半身が虎体)とも繋がりビックリ。
皇さんのFB(「師匠である故浅野先生から、信貴山や関東にある某地に祀る毘沙門天様を薦められてよく参拝をしていた」との事。)が後押しになったが、最近の大阪といいご縁がある。
2、生駒聖天<歓喜天>
- 生駒山は大昔から神や仙人のようなお方が住む山と周辺から仰ぎあがめられ、巨巌や奇石、幾つかの窟から成る魁偉な姿の般若窟は、寺伝によれば、役行者が梵文般若経を書写して納め、弘法大師も若いころ修行された。
3、添御県坐神社
- 建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)、武乳速之命(たけちはやのみこと)、櫛稲田姫之命(くしいなだひめのみこと)
- 鎮座の起源は奈良時代以前のおよそ古墳時代まで遡ることができる。その後、富雄川流域でもこの一帯は古代豪族の小野氏が治め、林業を営む杣人の里となっていた。
- 武乳速之命は天児屋命の別名とされ、『新撰姓氏録』では津速魂命(中臣氏の祖)の子で添県主の祖とされる。一説によると祭神のうち武乳速之命の実名は、富雄川中域を治めていた首長である長髄彦であるという。
~おまけ~
去年のYさんの夢で、大阪湾の景色があったが、生駒山だったのかな。
天気が良ければ、見えた???
<信貴生駒スカイラインの鐘の鳴る展望台より>








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