「最古の文明シュメールの最終予言」(秋山眞人著)より、メモ。
伊予三島神社の祠官・三島敦雄が一九二七年(昭和二)に書いた『天孫人種六千年史の研究』は、古代日本に渡ったシュメール人がいたことを示しています。・・・・・シュメールはそもそも「スメル」もしくは「シュメル」が正しく、スメラミコト(天皇)を連想させるような言葉だったのです。研究家の小林登志子氏が『シュメル-人類最古の文明』で書いているように、それを時の権威者であった京都大学名誉教授の中原与茂九郎(一九〇〇~八八)が「俗説」だとして、それを排除するために、わざわざ音引きを入れて「スメル」を「シュメール」と言い換えたという歴史があります。・・・・・三島は、天皇家はスメル(シュメール)の王家と関係が深く、スメルの神々は日本の神々と対応、高天原はバビロニアのことであり、日本とスメルは共通の言語やシンボルを持っていると主張しました。(P37)
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『天孫人種六千年史の研究』は、敗戦後にGHQにより焚書。
三島氏というのがポイント。(「少女神 ヤタガラスの娘」みシまる湟耳 著)
三島の女神は、おそらく「ワカヒメギミ」であり、古代メソポタミア地方で信仰された「イナンナ」とも関係が深そう。
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