「考えて考えない」というのは、有名な内容です。
ポイントは、副守護神(欲望)やアマワカ(怠惰等)、悪魔(スリカエ、増上慢)への対処。
まずは考えることが必要であり、考えなければスタート地点にも立てません。
その後、内なる神と信頼関係を構築し、重荷を背負ってもらいます。
そして、自分の「こころ」を最後に審神(さにわ)して終了。
自分一人でこの境地に辿り着ける人は天才です。
あらためて、神様は大変だと認識。
以下、求めている世界は同じです。
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<道元禅師の説いた「非思量(ひしりょう)>
- ものを「考える(思量:好き嫌いや善悪など)」ことでも、「考えない(不思量)」ことでもなく、思考を超越してありのままの今に向き合う境地。
<老荘思想にある「無為自然(むいじねん)」>
- 人為的な作為や欲望、こざかしい知恵を捨て去り、ありのままの自然の摂理に従って生きること
<世阿弥による「型」>
- 極限まで型を意識し稽古を重ねた後は、舞台上で意識を完全に手放し、無意識の境地で舞う。
<浄土真宗の親鸞聖人>
- 計らい(自分の知識や計算、作為的な判断など)を放棄し、絶対他力(全てを任せきる)。
<国学者の本居宣長が提唱した「漢意(からごころ)の否定」>
- 中国伝来の儒教や仏教などに影響された「作為的・理屈っぽい知識人の思考や態度を、完全に否定・排除すべきという考え。
<神秘主義者マイスター・エックハルトが提唱した「離脱(ゲラッセンハイト)」>
- 神と一体化するためには、人間側の「意志」や「知識」、さらには「神を求める思考」すらも完全に捨て去る必要がある。
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