2026年4月16日木曜日

memo(亀山トンネル、亀岡)

南丹(なんたん)とは、京都府の中央部(丹波地方南部)を指す呼称で、行政区分として亀岡市、南丹市、船井郡京丹波町の3市町の地域(旧南田郡・旧北田郡・旧井郡)を指す。南丹ではなく口丹波(くちたんば)や口丹(くちたん)と呼ぶのが一般的。

南丹市園部町は2006年1月1日に周辺4町が合併して南丹市となった。

戦国時代末期の園部城に荒木氏綱という土豪がおり、明智光秀に対抗したと言う。しかし本格的な園部の開発は1619年の小出氏園部入封から始まる。

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 南丹市園部町の古墳をメモ。

<黒田古墳(くろだこふん、園部黒田古墳/黒田墳丘墓)>(京都府南丹市園部町黒田・船阪)

  • 墳形は前方後円形で、前方部を南西方向に向ける。
  • 出土品うち特に銅鏡は中国製の双頭龍文鏡で、製作年代が2世紀(後漢中期)に位置づけられ、初期作例の鏡の出土は少ないために鏡研究上において貴重な資料とされる。
  • 築造時期は、古墳時代出現期(または弥生時代終末期)と推定。
  • 口丹波では中畷古墳(南丹市園部町上木崎町)や垣内古墳(南丹市園部町内林町)が知られるが、本古墳はそれらに先行する口丹波最古の首長墓に位置づけられる。
  • これら3基は面積の広い亀岡盆地ではなく園部盆地に築造されており、当地に築造された背景として、前期に巨大前方後円墳が営まれた丹後半島と畿内ヤマト王権との交通上の要衝である点が指摘される。

<中畷古墳(なかなわてこふん)>(京都府南丹市園部町上木崎町)

  • 墳形は前方後方形で、前方部を南東方向に向ける。
  • 埋葬施設は明らかでないが、かつて直刀や筒形銅器が出土したと伝わる。発掘調査は実施されていない。
  • 築造時期は、古墳時代前期の4世紀前半頃と推定。

<垣内古墳(かいちこふん、園部垣内古墳)>(京都府南丹市園部町内林町)

  • 墳形は前方後円形で、前方部を東方向に向ける。
  • 築造時期は、古墳時代前期の4世紀後半頃と推定。
  • 三角縁神獣鏡・仏獣鏡の同型関係から、当地の首長とヤマト王権との関係を示唆する点で重要視される古墳。

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 南丹市園部町の神社をメモ。

<生身天満宮>(京都府南丹市園部町美園町1号67番地)

  • 日本最古の天満宮
  • 生身天満宮が鎮座する園部の地は、菅原氏代々の知行所であったため小麦山(現園部公園)に菅原道真公の邸殿があり、度々ここに来られていました。後に生身天満宮の始祖となる武部左衛門尉治定(後に武部源蔵と改めました)は、当時の園部の代官で、菅原道真公をお迎えする立場として交流がありました。

<摩氣神社>(京都府南丹市園部町竹井宮ノ谷3)

  • 御祭神:大御饌津彦命 (おおみけつひこのみこと)
  • 天児雲根命(あめのこやねのみこと)の御子である天忍雲根神(あめのおしくもねのかみ)の別称で、食と農業の神
  • 創祀の年代等は不詳だが西暦770年には祭祀が行われていた。平安時代の延長5年(927年)に編纂された、日本全国の神社を網羅した「延喜式神名帳」には、船井郡の「名神大社」として記載されており、格式高い式内社。



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