2026年4月24日金曜日

かぐや姫

宇宙人の話で出てくる「かぐや姫」ですが、何ともスッキリせず。

今回、「毒が変えた天平時代」(船山信次著)という本に出会えました。

日本薬科大学教授などを歴任(正倉院薬物に関わった経験も)された方という事もあり、万葉集同様、怨念という発想からの考察(告発の書)は腹に落ちました。

「竹取物語」の著者は「吉備真備」。そして、カタカナの考案者でもある可能性。

  • 「かぐや姫=藤原宮子×(孝謙天皇+光明皇后+楊貴妃)」
  • ウケンテンワウ+ワウミヤウクワウゴウ+ウキヒ → カクヤ

藤原宮子は文武天皇の後宮に入り、後の聖武天皇の生母となったことが藤原家隆盛の礎となります。

かぐや姫の罪 ≒ 藤原一族の罪、と考えると以下のようなものを想像。

  • 729年:長屋王の変(トリカブト根の附子または烏頭)
  • 737年:藤原四兄弟の暗殺(鴆毒)
  • 744年:安積親王の暗殺(鴆毒)
  • 757年:橘奈良麻呂の乱後の大勢の死罪(冶葛)

藤(夏を代表)と竹(冬を代表)は対照的であり、藤原氏に痛めつけられた人々の思いから「竹取物語」という考え方は、妄想には思えません。(^_^;)

藤原宮子は当時の基準によれば、絶世の美人。

梅原猛氏の説を紹介していますが、『宮子は不比等の養女であり、紀州の海女であった』という可能性。

「文武天皇が持統太上天皇と共に大宝元年(701)に紀伊国の牟婁の湯に行幸した時、美しい海女を見初めたが、いくら美女でも海女の娘では后にはなれないので、権力者・不比等が一旦養女とし、藤原の貴種として嫁入りすることとなった」という。

聖武天皇には藤原の血が入っていないことを暴露する物語

道成寺に伝わる伝承によれば宮子は九海士の里(現在の和歌山県御坊市湯川町下富安)で生まれたとされています。

今年の立春に近くを通ったのですが、有馬皇子の墓とされる「岩内1号墳」と「道成寺」がすぐ近くというのも不思議な感じです。

吉備真備が著者と考えると、何ともあり得そう。

出口王仁三郎さんの霊界物語と同様、告発するには物語???

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蛇足ですが・・・。

天平という元号の起源は、五経の一つ、「禮記」中にある以下の文言だそうです。

「家齋而后國治 國治而后天下平」

(家族が和合してこそ国家が安らかに治まる。国家が安らかに治まってこそ、天下が平和になるのである)

今の時代にこそ、必要な考え方ですね。



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